スペインの歯科医に学ぶ、ラテン系コミュニケーション術

私が昔働いていたマドリードの歯科医院で、日頃感じていたことがあります。来院する多くの患者さんが、なぜかウキウキしているのです。一体、スタッフはどのような方法で、患者さんの心を掴み、不安を取り除いているのでしょうか。

患者さんを知るには、世間話が大切

マドリードの衛生士学校に通っていた頃、先生が私たち生徒に口を酸っぱくして言っていたのが、トークの大切さでした。「学校の勉強ばかりしていないで、新聞や本をよく読んで幅広い知識をつけなさい。政治、経済の話をしたい患者さんもいれば、フラメンコ音楽の話をしたい人だっているのよ。」

その意味を真に理解したのは、そのあと市内の歯科医院で働くようになってから。そこでは当時、医師、衛生士、助手、受付、合わせて15人ほどのスタッフが働いていましたが、みな本当によく患者さんと話すのです。会話を盛り上げて患者さんの緊張を取り除くためには、話題に困らないようための幅広い知識があった方がよいのです。

スタッフが知ろうとするのは、患者さんの口の状態だけではありません。その人がどんな人なのか、どんなことに興味があるのか、みなある程度把握しているようでした。患者さんがリラックスし、スタッフに心を開くことで、彼らの生活習慣や病気の原因も探りやすくなります。つまり、よいコミュニケーションは、患者さんの不安を取り除くだけではなく、よりよい治療には欠かせないことなのです。

医師は患者さんに付きっきり

また、スペインの歯科では、一人ひとりに割く時間が日本に比べて長いように思います。簡単なレジン充填でも少なくとも30分はとり、急患がいない限り、1度に複数の患者さんを診るということもありません。そのため、医師・衛生士は最初から最後までその患者さんに付きっきりなのです。

その分、治療の説明は事細かくするし、患者さんの口がふさがっていないときは、もちろんたくさんおしゃべりをします。それでもやはり、新規で来院するときはみな、緊張した面持ちでやってきます。しかし、それはたいてい問診の時点で、または回数を重ねるごとに和らいでいくのです。来院を楽しみにしている人も少なくなく、なかには毎回診察後に得意のダンスのステップを教えてくれるくらい、余裕のある方もいました。

「医者と患者」である前に「人と人」

こうしたやり取りにより、多くの患者さんはスタッフに心を開いていきます。患者さんに心を開いてもらい信頼されているお医者さんは、みな一様に公平で偉ぶったところは一切ありません。もちろん、信頼されるのに腕の良さは欠かせませんが。まずは、「医者と患者」としてではなく「人と人」として接する、これがスペイン流なのです。

日本でも、何軒かの歯科医院で働く機会がありましたが、一人、患者さんやスタッフから多大な信頼を得るお医者さんと出会いました。偉ぶったところは1つもなく、スペイン人に負けず劣らず、できる限り多くのコミュニケ―ションを取っていました。スタッフも院長を見習うので、おのずと医院全体が明るくなり、予約のない日にでもスタッフの顔を見に来てくださる患者さんもいたくらいです。

こんな心の和むエピソードがありました。午前の治療中に、医師のお腹がなる音を聞いた一人の患者さんが、その後おにぎりを自宅で作り、持ってきてくれたのです。患者さんにここまで思ってもらえれば、歯科医冥利に尽きるというものです。

よいコミュニケーションこそよい歯科医の鍵

時間がないと、ついつい疎かになってしまいがちな患者さんとのコミュニケーション。症状を聞いて治療をするだけではなく、たまには治療以外の話をしてみるのもいいかもしれません。それによりお互いの関係がよくなり、さらに質のいい治療ができるようになるのではないでしょうか。「よいコミュニケーションこそ、よい歯科医院をつくる鍵」、そんな信念を貫く、スペインの歯科医たちをお手本にしてみてはいかがでしょう。

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文:シルヴァン・かなえ

大学卒業後、スペイン語の美しさに惹かれ、マドリードに留学。現地で歯科衛生学を学び、卒業後はマドリード郊外の歯科医院に勤務。陽気なスペイン人スタッフから、患者さんやスタッフとのコミュニケーションの大切さを学びました。現在は言語学への関心も捨てきれず、フランスの田舎町で日本語を教えています。